メンタルの弱さは流れる涙が知っている。「あなたは弱いわけではありません。強さを知らないだけです」

強さとは逃げないことではありません

「どうして自分はこんなにも弱いのだろう」と悩んでいませんか?
強く言います。

このような考え方をする意味がありません。

強さとは逃げること

強い人というのは、逃げることを知っています。
例えば、コミュニケーションが得意な人も居れば、苦手な人も居ます。

コミュニケーションが得意な人にコミュニケーションで立ち向かおうとしても、叶うはずがありません。
コミュニケーションが苦手なら逃げれば良いのです。

コミュニケーションが得意な人にも必ず不得意なことがあります。
その人の不得意な部分を知っておりますでしょうか。

知らないのであれば、その人は不向きを隠すのがとても上手なのです。

メンタルが弱っていると、どうしても他人を全て完璧に考えがちです。
自らに厳しすぎませんか?

もし涙が止まらないのであれば、それは強い証拠

涙を流す理由はどうしてでしょうか。
上手くいかないからではないでしょうか。

更に掘り下げると、皆ができていることが自らにはできないから悔しいのではないでしょうか。
ほら、もうすでに努力しているではありませんか。

涙とは、感情のシグナルなので、何も努力していない方は自然とぼろぼろと涙は溢れてきません。

ユダヤ聖典のタルムードにこのような言葉があります。
『神の前では泣け、人の前では笑え』

ユダヤ人は、とても重い迫害を受け、物は盗まれ、家は燃やされ、服は剥がされ、人として居ることの人権すら奪われて生活をしてきました。
その中でもユダヤ人が生きていくために教えとして説いたのがタルムードです。

つまりは、どんなに辛いことを受けても、何とかしようと生きている限り、すでに強いのです。

人と関わるのが辛くなったのなら、それは努力の成果

強くなりたいと涙を流す方の多くが人前だと笑っています。
これは、少しでも良い印象を与えておきたいという思いからではないでしょうか。

このコミュニティから嫌われると孤独になってしまうから、嫌われないようにしようとしているのではないでしょうか。
こちらも努力をしているではありませんか。自らに、「よしよし」するべきです。

タルムードには、このような言葉もあります。
『笑えば皆が注目してくれるが、泣けば誰も注目しない』

これは、当然のことなのです。
誰かが泣いていて、その泣いている方に手を差し伸べる相手は、結局は自らの誇示、保持なことが多いものです。

なぜなら、世界中の誰もが辛いことを抱えていて、ストレスを抱えているなどの悩みがあります。
その悩みは人それぞれ異なりますが、その悩みの大きさを測ることはできないので、一人一人が誰よりも辛いと考えがちです。

もし人の前で泣いたら、「あなたよりももっと私のほうが辛いのよ」と反感を受けてしまいます。
なので、皆、人前で泣けないのです。

自らが強いことを知り、生きることを選べ!

タルムードにこのような言葉も記されています。
『死にたいなら、いつでも死ねる』

あまりにも自らには背負いきれないほどの辛いことに直面すると、死にたいと感じることもあることでしょう。
しかし、死を選択するのはまた早いです。

死を選択するのは、この先の人生の選択肢がなくなってしまった時に、死の選択が浮かびます。
しかし、今、選択肢がないのは、今の知識で考えたからです。

もっと知識を増やすことで、視野が広がります。
例えば、その経験してきた辛いことを武器に小説を書いてみるもよし、歌詞を作詞して、音楽事務所などに送っても良いでしょう。

人と辛い経験をすればするほど、感性が豊かになってまいりますので、芸術家としての素質が養われていきます。
おすすめとしては、3週間、何もしない日を作り、自然に触れる小旅行をしてみるのはいかがでしょうか。

その時に、是非、壮大な草原や圧巻する風景の場所に行ってみてください。
人は、そのような壮大な風景を観ると『畏怖』という感情が表れて、その畏怖が共感能力になるという研究結果が出ています。

この共感能力は芸術家にとって、とても重要な能力です。
何か文章などで芸術作品を制作してみると、その今の想いを誰かに訴えることが出来るかもしれません。

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