いつも同じじゃなくていい

明日も同じ表情で居られるか

日々の生活の中で、「今日は上手くいった!」と感じることがあるかと思います。

その時は、喜びに頬が緩むかと思いますが、それも束の間、すぐに不安が押し寄せてきませんでしょうか。
「明日も、同じように(人と)接することができるだろうか」

私も以前は日頃から感じている悩みでした。
今日の自分自身のキャラや性格、態度、言葉遣いに好感を持ってくれたのであって、それを維持しなければ、また嫌われてしまう。

同級生や先輩、同僚や上司、家族や恋人にこのような不安感になりませんでしょうか。
決して、このように考えるのは間違えではありませんが、疲れてしまいます。

明日も同じようなキャラで居ようは自己否定

好感を得た自分自身を維持しようとするのは、人に良く見られたい、人に構って欲しい、人に見ていて欲しいという、自己顕示欲によるものが多いですが、その思いが含まれていたとしても、維持しようと実行し、努力をなさっているのですから、一日をぼんやりと過ごしている方より十分生きようとしています。

しかし、よく考えてください。
それは誰のためでしょうか。

もちろん、人に嫌われないようにしているのですから、自らのためにもなりますが、もし、絶対に他人が自らを嫌わないと知っているのであれば、そのように日々を考えますでしょうか。
おそらく考えないことでしょう。

つまり、いつも同じで居ようとしているのは、自らのためではなく、人のためにしているのです。

海外の文献で、介護士が執筆した『死ぬ瞬間の5つの後悔』という本があります。
その本は、ご高齢に誰よりも近くに寄り添った方だからこその知ることのできた、ご高齢の思いが記されており、その内容の中でこのような一文があります。

【死の間際で人が語る最大の後悔は「周りの人を喜ばせてばかりいて、自分に正直な人生を生きなかったこと」だ。みんなが好む服装、行動、話し方をするのではなく、自分らしく生きればよかった」と悔やむのだ】

このように、多くの人々が実はこの人の目を気にして生きているのです。
さて、皆さんは、どのような生き方をしてみたいでしょうか。

ご高齢になって亡くなる方も居れば、20代で亡くなる方も居る。若くして亡くなる方も居れば、産まれて間もなくして亡くなる方も居る。産まれる前に亡くなる方も居る。
いつ亡くなるかもしれない生活の中で、明日のために他人に気にして生きていて後悔はないでしょうか。

皆さんの人生に明日というものがありますでしょうか。

いつも同じである必要は全くない

仏教の教えの中で『無常』という言葉があります。
これは、動植物は常に古くなった細胞を捨て新しい細胞を形成し、穴という穴から不要になったものを排出して生きており、常に老い、死に向かっているという意味が含まれています。

なので、常に同じように見える景観や人々も、どこか1秒前とは異なっているのです。
これは人間関係でも言えます。

例えば、他人を見てください。
昨日、気さくで人当たりの良い人だったとしても、次にお会いしたら、笑顔もなく、素気なくなっていることはありませんでしょうか。

このような人に出会うと、「私の態度が良くなかった?」と感じてしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、そうではなく、これで良いのです。
人々は誰でも同じように、悩みや苦しみを抱えて生活しており、フィジカルとメンタルのバランスによるコンディションの変化や1年のバイオリズムもあり、それに加えて、常に何かが起きていて、何らかの出来事によって、気分が沈んでいただけかもしれないのです。

ただし、10代20代の場合はこれに気がつく人が少なく、今のテンションで仲間が作られたりしていませんか?
この場合は、その仲間のグループの中の人々も必ずテンションが下がる時があります。

それでも一緒に居たいと思えるから仲間のグループが続いているのです。
もし何らかの仲間のグループに居て、少し気分が下がると、不評にあるのであれば、その仲間のグループとは相性が合わないと考えられます。

おそらく、自らが背伸びして、その仲間のグループに居ませんでしょうか。
人はどこに行っても居ます。

その仲間のグループにしがみつくのではなく、自らを認めてくれる方と一緒に居るほうが、視野が広がることでしょう。

管理人が実行しているバイオリズムのコントロール方法

気分が下がる時というのは、案外、時期によるものが多いことが、私自身の3年間の分析によって判明いたしました。
私であれば、1月15日から4月15日前後が最も下がる時期です。

このように、自らの下がる時期を明白にしていくことで、何だか最近、強い不安感や恐怖心があると感じたら、「あ、その時期だ」と認識することができるので、ずっと続くわけではないと、気分が上昇してきた時のためにしっかりと休んだり、自らを磨いたりすることができるようになります。

私が行っているバイオリズムの計測方法はとても原始的です。
今日は良い日だった。今日は良くない日だった。不安感や恐怖心が起きた日だ。体調不良などを感じたら、『○○年○○月○○日今日は良いことがあった。○○が起きた』とスマートフォンのメモ帳に書いているだけです。

それを記録し続けると、自己分析になります。
ぜひ、お時間がございましたらお試しになってください。

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